2019年12月18日

「なにもせずにやり過ごせばいいと命令されました。」

 昨日も最終までよくやったかなと。まぁぼちぼちなんだけど

年賀状もほぼほぼ終わり。今年の年賀状も一風かわったものに
なったかなと自己満足。

今年はなんというか転機になったかなと。2005年から2010年で
第一幕が終わり、大きいくくりの第二幕が終わろうとしている
感じがある。そういう風にしたいのである。今年の有馬記念に
ある願いをかけている。

合格者が2人から「3」人になったときにあ〜流れ変わるかなと
感じることができた。

で、そろそろ飽きてきた母の話であるが、母も青春期に大きな
転機を迎えていたみたいなのである。23になるころ・・・

体調を崩し、田舎に強制送還。大阪にいる親戚などからも
「はやく身体もどして戻ってくるんだよ」といわれていたらしい
が、忙しさにかまけて無理をかなりしていたみたいなのである。

マサヤの先生もそろそろ、母にと候補者を「3」人用意していた
そうだが・・・母は、大分のこれまた親戚の勧めでお見合い。

とそのままゴールとなって現在にいたっているわけなのである。

こと細かな詳細はわからないが、大阪はかなり楽しかったみたい
なのである。コンサートに甲子園球場。よくいってたみたいだ。

昨晩、美空ひばりさんの番組があったのだが楽しそうにみていた。

同学年なのである。ひばりさんと一緒で少々いばりなところもある
のである。

もし体調を崩さずに大阪にいたらまったく別の人生になっていた
のかなと思う。そうしたら自分という人間ももしかしていなかった
かもな〜と思うところもあり。

なんとなく因縁めいたものもなきにしもあらず。

これ不思議なのだが、命令好きな母がここ数日おとなしいので
ある。なにかがふっきれて抜けてきてるのだろうか。

自分には同じく、「あ〜この人東京にいたらまったく別の人生に
なっていただろうな〜」と思う人がいる。若干ではあるが、母の
ほうが戦争経験しているだけのものはあるかなと思う。

強さの度合いがやはり戦争経験者はどこか達観しているところが
あるかなと感じる。神経太すぎるだろ・・・と思うところも
生きる死ぬを幼少期にみてきた人の強さはこれはなんともな
ところがある。

また、「ぼんしょう」とか「しゃがむ」とか「わっぱころがす」
とかの言葉がスラスラでてくるあたりも・・・どうも怪しい。

どこか普通ではない何かがあるのはわかる。

でも常に前向き明るく動じないところは今年あげた女性にも
いえることかなと思う。

というところで今日も抜かりなくぼちぼちとなのである。

年賀状つくっていたときにわかったのだが、ご当地で知り合った
セイジは「3」人いたのである。現在、そのうちの一人は別府に
いるので忘れていたのである。

今年、別府の案件できたのも何かのお知らせなんだろうな〜と
思う。
posted by クール at 05:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする