2018年06月12日

贅沢の本当の意味とは?

 いつも移動中の車の中ではほぼFMをきいてるわけだが、昨日
お昼すぎ頃だとは思うのだが、DJの人が「贅沢について」自論を
テンカイしていた。

その人が欲しいと思った洋服を仕事頑張ってお金をためて、いざ
それを手にして洋服をきたときに、「これなんか違う」と感じたらしい
のである。自分へのご褒美だしいいとは思ったのであるが、いざ
袖を通してきたとき・・・「身の丈に合っているだろうか」という疑問
がわいたらしい。

今地震がきたわけだが笑

話をもどし、何かをつかむまで頑張ってご褒美をあげる。これは
確かに素晴らしいことだと思う。でも、その先に思うこと。

本当の贅沢の意味とは

金額の多い少ないでなく、自分の身の丈にあった本物に出会えた
もの・人・こと、すなわち万物に感謝することが本当の贅沢の意味
らしい。かなり目からウロコの話だったかなと。

自分はごくまれに、いい契約がきまったときにご当地の栄町にある
お蕎麦屋さんにいって「天ざる」を食べるのである。これがなんとなく
自分の中では贅沢なのである。

よく仕事をしている大先輩は、墓前にいき感謝の意味を込めて
報告をするらしい。これが贅沢な瞬間なのかなのかと

人それぞれ身の丈は違うし、だれ一人として同じものはいない。

が、人というのはどうも自分の理解する範囲のなかに人を
おきたがる傾向もあるのかなと、別にこれがわるい考えとは
おもわないが今世間をさわがしているニュースをみていると
どうもいきすぎた集団心理の成れの果てのなのかと思う側面
もある。

そのときにでくわす事件・事故またそれに附随する報道は
意味があるから流されているし、ある種警告という側面も
ある。時代を反影するのも事件・事故なのである。

起きていることの本質をとらえて、自分の考えだけでなく柔軟に
いろいろな側面からみてみる。どれも正解で間違った答えなど
ないのではと個人的に思う。

いろいろと考えをはりめぐらせる。これも素敵な贅沢な時間
なのかと思う。

それでもやはり・・・仕事頑張って一歩だけ背伸びしてみる
ことも必要なのかと、それでも身の丈を考えながら

素敵な贅沢目指して今日もワンダフルな一日になりますように

今のところ、自分の中での贅沢は・・・美味しいお酒飲むのと
G1レース買うのが贅沢のような気もするのかなと
posted by クール at 05:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする