2021年01月21日

うらなりの転勤先

 赤シャツの命をうけた「うらなり」さん。四国は愛媛の
松山から、海を渡り、山を越え、また山を越え・・・そして
山の中におさるさんと人間が共生している街へと赴任する。
これが明治末期のこと。

大正時代の末期に人口が約2万にもいかないこの街に、一人の
帝大卒業後若き青年がドイツに渡りアンモニアの研究から技術
まで学び、財閥系の資本をバックアップ確約のもとある山から
眼下に広がる水の豊かさに目をつけたところから、この街は
一変した。

昨日、もう何回目になるのかそういう話ができる高齢者との
交渉。ほぼ約10年前に、この街に大学卒業後、トヨタへの
就職を断り、この街創業の会社に入り、家も建て子供も育て
そして故郷大阪に帰っていった夫婦のことを思い出した。

3年前になるのか大阪に向けてだした年賀状がもどってきた。

交渉の前日は、すこし痺れていたのだが、とある方が道先
案内人のお役をしてくれた。賃貸の内覧をしたのは、おとなり
の佐伯からきたかた。そして昨日の交渉のテーブルにいた方は
佐伯の生まれのかた。当然、その街創業の会社に在籍していた。
大阪に帰っていた人もそうだった。昨年末、お引きでした案件も
その会社のOBだった。

不動産のこういうシーンがほんとに神からのギフトなんだろうが
その場面をみせてくれるからやっていけるのかな〜と

99いやなことあっても、残りの1が最後に綺麗にまとめて
くれて100になる。

今日もミルク入り白桃カルピスを買おう笑、新商品だしな〜

まだ案件ははじまったばかり、抜かりなく前に進んでいこう。

夏目さん流の皮肉たっぷりな記述もあるが、「聖人うらなり」の
赴任先を、夏目さんが尊敬する西郷隆盛さんが、最後の決戦地に
選んだところとしては、聖人うらなりにぴったりだったのかと。

今日だけ「やっちゃえ!朝陽(あさひ)はまたのぼる」にして
おこう

ぼちぼちとやっていこう
posted by クール at 06:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする