「呼んだのは、君か・・・」
クールくんの前に、黒い今時?アルマーニのスーツをきた男が
立ってそうつぶやいた。どうやってこの部屋に入ってきたのかは
わからない。ネットサーフィンに夢中だったから気づかないにし
てもドアが開いた気配もなかった。
でも、どこかでみたことのある彫りの深い顔のような気もする。
その男は、机に無造作に一万円札をおいて
「今日、日本ダービーなんだろ?君が買う単勝と同じものを
買ってくれ」
見ず知らずの僕に、一万円を差し出すこの男、ただのバカか、
それともただのかっこつけか?今時、アルマーニのスーツなんか
そちらさん系でもなかなか着ないつぅーの!
どうやらその男は、デイトレーダーを生業にしているみたいな
のである。
趣味は車という。今乗ってる車は、白のBM5シリーズらしいが
車検に出してるという。
たった『4』秒の時間で判断してタップ一つで、目の前にある
一万円札を1000倍にし、またその1000倍にしたものの
10倍、100倍をわずか3秒で溶かす毎日を送っているという。
この男にとって一万円札は、とるにたりないただの紙切れの道具
でしかなかった。
クールくんにとって一万円札は、軽くはないものなのである。
一年前に依頼された案件が、先日終わったのだが、仲介料を一日
あたり換算してみた。2739円なのである。一万円を稼ぐのに
4日は費やしている。
普通に働いてる人だって最低一日はかかる。パートのおばちゃんでも
お運び?接客?チラシ配り?時給1000円なら10時間はかかる。
それなのに、目の前にいる男はたった4秒、コーヒーを飲みながら
タップひとつでその1000倍を稼ぎ出してるのだ。
しばし会話をしたのだが、かなり深い人みたいで話がおもしろかった。
「すぐ戻ってくるから・・・」と足早に部屋をでていった。
「どこいくの?」という僕の声も聴かずに。突然、わけもわからず
涙が流れてきた。
「戻ってきたとき、もう僕はいないんだよ・・・」涙がとまらな
くなっていた。
その男が無造作に置いた一万円札の下にメモ書きが残されていた。
「もし日本ダービー当たったら、次の目黒記念で赤枠5番の
『キングオブコージ』とみかん色枠の『ウラヌスチャーム』の
馬連とワイドと
3連複で1番のタイセイトレイル(大成への道のり)と11番の
ステイフーリッシュ(常識に囚われるな)を買っておいて!
当たったの全部入れてね
もし、それも当たったら今度あうときそのお金で一緒に、
車買いにいこうよ!君をみたくなったら、僕が車で君を迎えに
いくから、赤のプジョーか黒のBM、白ならワーゲンで
「またいつかどこかで・・・」
今日はじめてみた男なのに・・・涙がとまらなかった
ありがとう・・・さようなら・・・ありがとう・・・さようなら
何度もそうつぶやきながら、涙をとめる術を忘れたみたいだ。
そんな今年の日本ダービーを雨の中迎えたのである。
太陽が西日になるころには、晴れて笑顔になってることを想いながら・・・
必ずまた逢える、命のパズル積み上げていく想いがあるかぎり