2018年04月19日

一枚の新聞記事

 昨日あるお客様からチケットをいただきある講演会を
聞きにいったのである。

節目節目でこの会のモーニングセミナーの講演会などに
聞きにいってるような気がする。

昨日は、「大転換の時代」と銘が打たれていた。

まさしく大転換のブロローグの時代だと自分も思う。
そのお客様から、1枚の新聞記事をいただいた。

長原さん、自分と同じ年に生まれてる方の「こう」生ストーリー
、どこにでもはないが意外にありきたりの「こう」生ストーリー
なのだが、赤裸々に自分の半生を語っているものである。

北海道のおそらく中流いや、ハイソな家に生まれ何不自由
なく過ごした幼少期、そんな誰もが羨む道を用意されていた少年が
過酷な運命を神様、すなわち「万物」が用意していたのである。

傷ついた日々は万物がくれた、そして運命が用意していた大切な
レッスンなのかと新聞記事を読んでそう思った。

同級生だけになにか通じるものがあるのはほかの年代よりも
その人とあったこもないが、なんとなくわかる気もする。

そんな長原さんがどうも宮崎にきてたみたいなのである。

その長原さんが壇上にたち講演を主催した会の20周年の
記念行事に自分も昨日参加したのである。

パソコンにその会の真髄である、「倫理の17ヶ条」の今日は
11番目から春の天皇賞まで上にあがっていこうかと。これ実は
何年か前に、このブログで書いた記憶がある。その時は、秋の
天皇賞に照準をあわせて書いた記憶がある。その時は、1番目
からはじめたような気がする。

今度はその逆バージョンになるのか。昨日の講演で5番目、
9番目、そして11番目は今一度読んで欲しいといっていた。

「万物せいせい」モノはそれを活かす人にあつまってくると書かれて
いる。これは11番目に書かれているのもの。「万物」すなわち神様。

というわけで・・・今日もせわしなくゴールド、そう「金」を稼ぐために
今日もワンダフルな一日になりますように。

はやく角ボトルから、12年目、17年目のものに手がだせるように
しないとな〜

昨日の会にでれて感謝、そしてありがとうございますなのかと。
posted by クール at 08:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする